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文化・芸術
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朝倉 文夫
1883年(明治16年)3月1日、大分県大野郡上井田村(現朝地町)渡辺要蔵の三男として生まれ、10歳のとき朝倉家の養子なる。
1902年、19歳のとき9歳年上の兄、渡辺長男を頼って上京し彫塑を学ぶ。
1903年、猛勉強の末、東京美術学校彫刻選科に入学。
在学中に一日に一体のペースで1200点もの作品を制作し、明治40年に東京美術学校を首席で卒業。
翌年、第2回文展出品の『闇』が最高賞を受賞し翌年も『山から来た男』で三等となるも欧州への公費留学の夢は叶わなかった。
その後日本の彫刻界の重鎮として活躍、『墓守』『土人の顔、其の二』など数々の作品を残す。
1964年(昭和39年)4月18日、81歳で急性骨髄性白血病にて死去。
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