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梅津 美治郎
1882年(明治15)1月4日に大分県中津市で生まれる。是永家から梅津家の養嗣子となった。
中学済々黌(現熊本県立済々黌高等学校)を卒業後、1903年(明治36年)11月30日に陸軍士官学校卒業(15期) 。
支那駐屯軍司令官時代には日本の華北進出の第一歩となった梅津・何応欽協定(1935年6月10日)の締結に成功する。
1942(昭和17)年10月1日に関東軍(満州駐屯の日本軍)総司令官、1944(昭和19)年7月18日には参謀総長となり終戦を迎える。
1945年(昭和20年)9月2日、東京湾上で米国の戦艦ミズーリ号甲板上でおこなわれた、連合国への降伏文書調印において、軍全権として重光 葵外務大臣(日本政府全権、豊後大野市出身)とともに署名を行った。
1946(昭和21)年4月にA級戦犯として起訴され極東国際軍事裁判(東京裁判)で終身禁固刑を宣告
1949(昭和24)年1月8日、服役中に病没した。

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中学済々こう卒業でなく
途中より幼年学校入学のはずです
投稿者匿名さん:2008年05月30日 01:29
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